「将来、自分はどのように働きたいのか」「どのような生き方をしていきたいのか」。
こうした問いに向き合い、自分なりの答えを見つけていくことは、青年期から成人期初期にかけての個人にとって極めて重要な心理的課題の一つである。
発達心理学の観点では、青年期(おおよそ15〜24歳)は「自我同一性(アイデンティティ)」の確立が求められる時期とされる(Erikson, 1968)。この時期には、自分がどのような価値観を持ち、社会の中でどのような役割を果たすかを模索する姿が見られる。その過程において、「どのような職業に就きたいか」「どのように働きたいか」といったキャリアに関する意思決定や準備も重要な要素として位置づけられる。
近年、若年層を取り巻く社会環境は大きく変化しており、雇用の不安定化、キャリアパスの多様化、情報過多といった要因が、「正解のない時代」を形成している。従来のように、学歴に応じて職を得て定年まで勤めるといった画一的なキャリアモデルは成り立ちにくくなっており、自ら選択し、意味づけ、柔軟に方向転換していく力が求められるようになっている。
このような社会的背景においては、単なる職業選択だけでなく、人生全体を見通した「キャリア形成(career development)」の視点が必要である。キャリアとは未来の可能性を考える営みであると同時に、過去の経験をふり返り、現在の自分と照らし合わせながら「これからの自分」を構築していくプロセスでもある。
時間的展望とは何か——キャリア行動を導く“心理的レンズ”
キャリア形成において注目される心理的要因の一つに、「時間的展望(Time Perspective)」がある。
時間的展望とは、個人が「過去・現在・未来」の時間軸にそって自己や世界をどのように認識し、意味づけているかを表す心理的枠組みであり(Zimbardo & Boyd, 1999)、意思決定や目標志向的行動、動機づけのプロセスに深く関係しているとされている。
Zimbardoらは、時間的展望を「過去肯定志向」「過去否定志向」「現在快楽志向」「現在運命志向」「未来志向」の5次元で構成されると提唱した。それぞれの次元には、行動パターンや自己制御、将来に対する姿勢などと関連する特性があるとされる。
たとえば未来志向が強い個人は、将来の目標に向けて計画的に行動する傾向があり、学業成績や自己調整能力とも正の相関があるとされている。一方、現在快楽志向が高い個人は、今この瞬間の感情的満足を優先しやすく、長期的視野に基づく意思決定は苦手とされる。
このように、どの時間的次元を重視しているかという個人差が、キャリアの意思決定や行動様式にも影響を及ぼす可能性がある。時間的展望は、将来への見通しや過去の意味づけ、現在の行動傾向といった複数の心理的機能を統合する「心理的レンズ」として機能しうる。とくにキャリア形成という発達的課題においては、過去の経験、現在の状況、将来の展望といった三つの時間軸を統合的に理解する必要がある。その意味で、時間的展望の理解は、個人のキャリア選択傾向や支援ニーズを把握するための有効な枠組みとなる。
実証研究:大学生440名の時間的展望と就職活動行動の関係
2023年3月に全国の大学3年生440名を対象に、時間的展望のタイプと就職活動における行動との関係を調査した。
測定には、Zimbardo & Boyd(1999)によって開発された時間的展望尺度(ZTPI)をもとに、5次元(未来志向・現在快楽志向・現在運命志向・過去肯定志向・過去否定志向)を評価した。また就職活動行動は、「合同説明会への参加」「エントリーシートの提出」「面接への参加」「内定獲得」などの段階的指標によって測定された。
分析の結果、未来志向の高い学生は、全体的に行動の頻度は少ない傾向が見られたが、これは「消極的」というよりも、行動の焦点化によるものであり、あらかじめ企業を絞り込み、効率的かつ選択的に動いていたことが示唆された。
一方、過去否定志向の高い学生は、合同説明会やES提出、面接など複数の活動に積極的に参加する傾向が見られた。従来、過去否定志向はキャリア行動を抑制するリスク要因とされてきたが、本研究では、過去の経験が逆に「行動の原動力」となっている可能性が示された。これは、いわゆる「再挑戦意欲」や「意味づけ直し」といった心理的プロセスと関連している可能性もある。
その他の時間的展望(現在快楽志向・現在運命志向・過去肯定志向)については、就職活動行動との明確な関係は見られなかった。ただしこれらの志向は、行動の“量”よりも“質”や主観的納得感に影響している可能性があり、今後の検討が求められる。
どの時間にも意味がある——時間的展望に基づくキャリア支援の可能性
本研究を通じて得られた示唆は、どの時間的展望にも固有の価値があるということである。未来を重視しすぎて行動に踏み出せない人もいれば、過去の後悔をバネに積極的に動く人もいる。現在を大切にする人は、その瞬間の充実を通じて、自らのキャリアをかたちづくっていく可能性もある。
重要なのは、「自分がどの時間軸を重視しているか」に気づくことである。それにより、進路選択やキャリアの悩みに対して、より自己に即した判断が可能になる。時間的展望は、個人の意思決定プロセスを理解する手がかりであり、将来的にはキャリア支援・教育の文脈でも活用が期待される。
キャリアとは、単に職業を選ぶことではなく、「どのように生きたいか」という人生設計そのものである。そして時間のとらえ方を見つめ直すことは、自分らしいキャリアを描くうえでのひとつの羅針盤となりうる。
最後に、以下の問いを自分自身に投げかけてみてほしい。
「自分は、過去・現在・未来のうち、どの時間をもっとも大切にしているだろうか?」
その答えは、これからの選択におけるひとつの指針となるかもしれない。
引用文献
Erikson, E. H. (1968) Identity: Youth and crisis. Norton.
Zimbardo, P. G., & Boyd, J. N. (1999) “Putting time in perspective: A valid, reliable individual-differences metric.” Journal of Personality and Social Psychology, 77(6), 1271–1288.
